このローリング操体(関節をきめられた相手が痛みから逃れるために、体をくるくると回転させることから、この日この名前がついた。
もちろん正式名称ではない)は結構簡単で効果的。
ただ私の場合やりすぎたのかその後2日間右肩が痛かった。 今はすっかり楽なので好転反応だったのだと思われる。 結構刺激が強いので、相手の状態に合わせて力を加減する必要がある。
関節を決めるには手の当て方が大事だ。 また、痛みによって動くので、その人にあった痛さを姿勢に合わせて与えて行かなくてはならない。 場所も狭いところだと、ダイナミックな体の動きでいろんなモノを壊してしまう。
今先生はいつも自分でもやれる操法を考え出すが、自分の関節を自分で決めて自分でくるくる回る姿は何かユーモラスだ。 そんなところも気軽にやれる大事な要素なのかもしれない。
先生のメッセージにもあるが、この操法の面白いところは、手首を決められ、負けたことによって快感を味わうことができるということだ。 今回のいろいろな話の中で、体は歪むことによってバランスが保たれている、という内容の話が印象に残った。
体または心につらいところがあって、それを体の他の部分がカバーしようとして歪みができる。 生活を送るために体が自然に歪んでくるのだ。 例えば心の問題でも、何一つ不自由のない人が、自分の生きている社会とのバランスをとるために体が病気になる。 「あの人は病気だからしょうがない」 そう人に思われることによって精神のバランスをとろうとすることは、甘えなのかもしれない。
しかし、わざわざ病気になどならなくても自分の存在意義を見つけることができるまで、「負けること=病気」もイイものかもしれない。 ヘタに治してしまうとほかにまた歪みができるかもしれない。 「病気」を「治す」ということについても改めて考えさせられた。
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