翁先生は、これ一本と言っていいぐらいに操体を楽しみ、趣味としているようだ。
雑誌や新聞を読むぐらいで、ゴルフだのカラオケだのはやらない。
お酒は大好きだ。
でも、何でもほんのちょっとしか飲まない。
新年会とかでお酒を飲むと、顔が金華山のサルのオシリのように真っ赤になる。
ビールならコップ一杯、お酒ならオチョコ二杯ってところかな。
テレビは自分が写っていようとも「見なくていいよ」と見向きもしないが、新聞は必ず目を通す。
操体のことなどが新聞に出たりするとヨオーク読む。
そしてこう言うのだ。
「俺考えたんでネェんだ。
そうなってんだから仕方ネェ」
と……。
そうこうするうち新聞を読んだ患者さんが、ワンサカと温古堂に訪れる。
するとワタワタ、ヤンヤン、私など懸命に指導していると「今君、忙しくて大変だなぁ。新聞社に文句言ってやれ!」と本気な顔で、私たちを元気付けてくれる。
こんなやさしい先生だ。
翁先生は、温古堂でワイワイお話したり、お茶を飲んだりしている時、うーんと幸せそうだ。
たまにお客さんがカメラを持ってきて「先生、一緒に写真撮らせて下さい」とお願いすれば、ちゃーんとヨソイキのイイ顔でポーズを作り、にっこりサービスしてくれる。
ヘッヘッヘェー……カシャ!
百万$のエガオ、って所かな?!
お客さんの中には、あまり操体の考え方を理解しないで、翁先生に質問する人も中にはいる。
こんな風にだ。
「先生、腰痛い人はどういった動きが効くんですか?」とかの病名などに対して、どの操法をやったら効くのか? といった質問をぶつけるのだ。
すると翁先生曰く
「キモチのイイ事をすればいいのさ」
と最初はやさしく教えてくれる。
「そうですか? ふぅ〜ん」と分かったように相づちを打つ。
そして又質問だ。
「先生、寝違いっていうのは、どうしたらいいでしょう」とくる。
次第に翁先生の鼻息が荒くなってきている。
「キモチイイカ、ワルイカで決まるんだ」
とさっきよりは完全に大きな口調なってくる。
「あっ、そうですか?」と答え、うなずいてはいるが間違いなく分かっていない。
私はそろそろカンニン袋の緒が切れるゾォーとヨコメで知らんふりして、そのやりとりに耳を傾ける。
こんな時の私のカンはよく当たるのだ。
お客さんが「先生、背中が曲がってくるソクワン症なんかは、どうしたらいいんでしょうかねェ?」とついに峠まで来てしまった。
こうなったらもうオシマイダ。
もう誰にも止めようがない。
「ソンナゴド、オレ知らねぇ!!」
とドナリ、雑誌を片手にソッポを向いてしまう。
「コイツ何んぼ言ってもワガンネェナ!」と思っているのだ。
けどそこまでは言わない。
お客さんは何でドナラレタノカ? と顔をヒキツラセテ逃げ場を失い、おかしくもないのに私たちにエガオをふりまくのだ。
すると翁先生はいつもこうだ
「今君」と言って手でサインを出し、
「膝のうらさぐってみろ」……。
お客さんはいつものようにゴザのベットを逃げ場として与えられる。
「どうぞ休んでみて下さい」と丁寧に誘導され私のエジキになる。
こんなお客さんに、私はいつもこう言っている。
「病名とかに関係なく、土台となる足の方から全体のバランスを取ることが操体の基本ですから…」と言いつつ、“ギュッ、グリグリ”と私は膝のウラのしこりをチョットだけさぐってみる。
「イデデデデェー」
とビックリする。
こんな調子を見ている翁先生は、ウーンとうれしそうに笑う。
そして
「キモチイイ事すればいいんだ。
マァ、ウソかホントか試してみる
ヤジウマ根性があればいいのさ」
と告げニコニコしている。
お客さんも、翁先生を見てひと安心したのか、何となく理解出来たつもりの顔で「ありがとうございました」と汗をふく。
そうこうするうちに、お茶入れ名人のミヨチャンが「ハイ、ドーゾ」と翁先生ご自慢の芽茶(100g600円)のサービスだ。
お客さんもいろんな汗を流した後とみえて「おいしいですネ」と芽茶を誉めるもんだから、翁先生もうれしくなってメチャメチャに喜んでしまい、操体のことなんかそっちのけで、ドンドンいろんな話をしてくれる。

「オレ中ん時、箱根八里歩いてたんだ。そしたらカナヘビ出て来てェ」と、これは一番キライなヘビの話だ。
「そしたらオレ300メートルくらい走って逃げたもんナァー。……オレヘビくらい大キライなものネェんだ」とメガネをヒョイとオデコの上に乗せ、ヘビにでも追っかけられているような目で、ワナワナ笑いながら話してくれる。
そして又「中学ん時、オレの机の中さヘビ入れていったヤツいでなぁ、オレ手でつかんで外さ投げでやったんだ」と、なかなか見れない自慢顔で、どんなもんだ! とも言わんばかりに話して教えてくれるのだ。
いやはや、その時は余程怖かったんでしょうね…。
そのあとは、カラスの話とか花の話とか、おばあちゃんの話とか、いろいろしてくれてお客さんもひと安心。
オコラレたり、ほめられたり、涙こぼしたり、ホント温古堂は毎日毎日忙しいのだ。 |