町角でちぢこまっていた枯れ木たちが、ぬるやかな春くさい風につつかれながら、目を覚まし始めている。
定禅寺通りは四列にズラリと平行してケヤキの大木が並び、土の中で根っこが懸命に水を吸い上げ、新春の発芽の準備でワタワタしてるところである。
「初めてですけどォ……」と八年間も首〜肩が重苦しくシビレ、肩も重荷を背負っているようで本もまともに読めず、ましてやアゴがガクガクはずれるようで言葉もうまく話せない、という三十代のある学校の教師である。
原因はケンカを止めようとしてその餌食になってしまい、『ラリアート』をくったとは言わなかったが、まぁ、そんな感じの事故だったらしい。

さっそく仰向けに寝てもらい、私は彼の頭の方に位置し、さかさまになった彼の表情を観察しつつ、手先は首から肩のあたりをウロチョロさぐり回っている。
かるーくなでるように調査するうちに、コロンとしたしこりに指先が止まる。
「あらーっ、これでは痛いわぁ」としこりを押した時の痛みの準備をふまえて言うのだ。
そして右側のしこりをズン!と押さえこむ。
すると私の予想を裏切って、表情にも体動にも変化がない。
「痛くないですか?」と私は、少々強めに押している。
「痛いですねェ」とたいしたことはなさそうである。
そして彼は、「なんか鈍ってるみたいで、あまり感じないみたいです」と言うのだ。
今度私は、手を、ズルズル肩の下に入れてやり、肩胛骨の中央をさぐり始める。
ここもやっぱり首のうしろと同じく右側がバンとつっ張っていて、私としては痛そうに思うのだが、なんともなさそうな左側の方が痛いというのだ。
私はへんだなぁと思いながらも、まぁいいや!と足の方に逃げることにした。
「ちょっと足の方も診てみようねェ」と言いながら私は、稲田君に合図した。
稲田君は温古堂二年生で私は四年生だ。
稲田センセは、立てた膝のうら側をもぞもぞくりくりさぐっている。
「アイテテテェ!」とベットに横たわる人物の右膝が天井にハネル。
私は、「やっぱり足の方もアンバランスになっているなぁ、つま先をそり上げてみてェ」と言いつつ、動診に入る。
チョコチョコとつま先を上げている。
「どっちが上げやすい?右…左」と言うと、彼は「左が上げやすいです」という。
「それじゃぁ左のつま先をそり上げて下さい」と私は彼の頭の方で言っている。
稲田センセは、彼の足の甲に手をそえて、支えを作って安定をはかっている。
「腰のあたりも気持ちよくなるように動いてェ…ハイ、ストン」と私は号令係になりすます。
二回これをやった。
稲田センセは又、膝うらをさぐっている。
これで膝うらのしこりはすっかり消えてしまった。
となればいいのだが、これがまた頑固なしこりで、しつこいのだ。
仕方ないから今度は右側のつま先を上げて、ストン!とやった。
二回やったが、しこりは嫌われるくらい根性があるようでまだまだ元気だ。
今度は、稲田センセが「膝倒しやってみましょうか?」というので、私はウンウンと合図した。
左側に両膝を倒してゆくと右のオシリのあたりがつっ張って苦しいというので、右側に倒していって、「気持ちよく動いてよォ」と私は号令をかける。
「ハイ。ストン!」これを二回やった。
そしたら右のシリのつっ張りが消えていった。
それにあの頑固な膝うらのしこりも見事にどこかへ行った。
どれどれ肩の方はどうなったかな、と思いながら私はさっきの肩胛骨の中央をさぐってみたのだが、まだまだゴロリと硬くしこっていて、感覚がにぶっているようだった。
二秒が過ぎていった。
私はふと右腕をねじってみようと思い、すぐさま行動に移した。
彼は膝を立てて寝たまま、腕を内と外にねじった。
「内側にねじりにくい」というので、腕を外側にねじることになる。
稲田センセが彼の手を支え、私は彼の肩胛骨の中央をグリグリと押しつづける。
「手をねじってェ、肘も肩も背中も自由に気持ちよくなるように動いてェ」と私は、グリグリ号令をかける。
稲田センセも気持ちよさそうな所を見計らって、安定するような支えを作っている。
その時だった。
手をねじってギューと背伸びをしているような彼の口から、「あーっ、きもちいい!」と、とび出したのである。
私もびっくりしたが、「ハイそのままじーっと気持ちいいのを味わっていていいですよォ」と肩胛骨の中央の筋がメリメリとほぐれてくるのを感じながら、「ハイ全身の力をいっぺんにィストン」と言った。
すると「あー気持ちよかった」と風呂からでもあがってきたような顔を、私の目の前にさかさまにして言うのである。
私は「もう一度やってみますか?」と訪ねる。
「ハイ!」と、もちろんさ!とも言わんが表情で答える。
くり返し溜息をつきながら、三回背伸びをするような格好であった。
三秒が過ぎ、私はまたまた肩胛骨の中央をさぐった。
するとさっきの半分以下の圧し方なのに痛みがでてきて、左右の痛みが同じくらいになってきたというのだ。
私は不思議なこともあるものだといつものようにびっくりして、「立って歩いてみて下さい」と号令をかける。
スッスッスッと歩きながらニタッ!として「背骨がまっすぐになりました」、もう少しスッスッスッと歩いて「あーっ肩〜首が気持ちよくなりました」と、そして「こんなんだったら、もっと早く来ればよかったなぁ」ともう元気ハツラツである。
そして今度は、「センセ、このアゴのカクカクはどうでしょうか?」と、ア・イ・ウ・エ・オ、あいうえおと、発声練習を始めた。
ベットの端に腰かけて、サ・シ・ス・セ・ソ、まで言ったところで、私はアゴのつけ根を両方チョコチョコさぐってみた。
そこにはやはり硬くなったしこりがあり、カクン、カクンはずれ動くのである。
「ア、イ、ウ、エ、オ、カ、キ、ク、ケ、コ」とカクカクしている。
「軽く口開けて、下アゴを左右に動かしてみてよォ」と私は、ほっぺたをはさむように支えている。
右にずらすようにした方が楽だというので、私は左手で支え「気持ちよーく動かしてェ、ハイ、ストン」と 二回やった。
しかしまだカクカクするようで、ア、イ、ウ、エ、オと言っている。
私はふとさっきの腕のねじりを思い出し、それも同時にやってみることにした。
「はいっ、アゴを右に動かしてェー、気持ちよくですよォ、そしたら右の手も外側にさっきみたいにねじってみてェ」、また背伸びのように動き始めた。
私は返事が出来ないことを知りながら、いじわるにも、「気持ちいいですか?」と尋ねるのだ。
すると彼は、顔をひんまげたままで「ウーアー」と私を見るのだ。
少しして「ハイ、ストン!」とあいずした。
二回の背伸びだった。
そして又彼は、ア・イ・ウ・エ・オ、カ・キ……と言い出した。
「大分カクカクしなくて、言いやすくなりましたねェ」と大喜びだ。
私は「まぁ自分でもこうやってほっぺたの所を支えて、やってみて下さい」と言って、パンフレットを手渡した。
教師として言葉がうまくでてこなかったら、大変だったことでしょうね。
会計を済ませた彼は、待合室のカベに向かってア・イ・ウ・エ・オ、カ・キ・ク・ケ・コと練習し、帰り際玄関から靴をはいてドアをあけ、ハ・ヒ・フ・ヘ・ホと言って去っていった。
|